目指すはスローライフ

研究職の夫と医療職の妻のブログ。良質な生活を追い求める理系健康オタク夫婦の日々。

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小児喘息だったわたしが虚弱体質を克服できたわけ

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もともと小児喘息で、体が弱かったちゃーすけことわたくし。中学生までは学校も休みがちで、しょっちゅう保健室にいる子どもでした。

食も細く、給食を全部食べきるなんて絶対に無理。貧血を起こしてぶっ倒れることもしばしば。

 

しかし、今のわたしは頑丈そのもの。

仕事でインフルエンザやノロウイルス、その他謎の感染症が集団発生している現場へ調査に出かけることもありますが、今まで一度ももらってしまったことはありません。

 

もちろん成長し、体が完成したことで抵抗力が高まったのが大きいと思いますが、虚弱体質を克服した経験を振り返り、強い身体づくりについてお伝えしたいと思います。

 

 

幼少期・学童期

出生時から体が小さく、幼少期もずっと背の順は前の方。風邪も引きやすく、お腹も弱い。内服薬も多く、腹巻が手放せない老人のような子どもでした。

中耳炎や蓄膿症にもなりやすく、毎日耳鼻科に通っていた時期も。学校の先生より病院の先生に懐いていました。さらに小児喘息もあったので吸入が欠かせない日々。

 

食べることは大好きでしたが、食べられる量がとても少なく、小学校時代は給食の時間がまじで悪夢。クラス替えの時は給食に厳しい先生に当たらないことだけを願っていました。

また、呼吸器系がべらぼうに弱いため、長距離走などは最初から見学。クラスの子からは羨ましがられ、辛かった記憶があります。

 

風邪をこじらせ肺炎になったこともあり、抵抗力を高めるためにプロポリスを飲まされたり、漢方を試したり母には色々苦労をかけていました。

思春期

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中学生になっても虚弱体質は変わらず。たまに喘息の中発作がおきることがあったので、吸入器はいつも携帯。このころから貧血と低体温を起こしやすくなり、しょっちゅう気分が悪くなって保健室で湯たんぽを抱いていました。

(思春期だったので、単に授業に出るのがだるくてさぼっていた時もありましたが)

 

当時のわたしの平熱は35.5℃程度。熱が36℃台になると、微熱とみなされ早退させられる生活。ものすごく代謝が悪いのか、真夏に運動場で体育をしていても、汗一つかかず、年中長袖のジャージを着ていました。

無理をすると発作を起こしたり、貧血や低体温を起こしたりするから、学校側としてはちょっとでも様子がおかしかったら帰らせたかったんだろうな。。。

 

大したことない状態で早退してくると母から

「またさぼってー」

とからかわれていました。

 

転機1 高校生

高校生になり、電車通学が始まります。横浜から東京に通学していたため、電車は豚混み。ただでさえ貧血を起こしやすいので地獄でした。

気分が悪くなって、途中下車したことも数しれず。

幸い、地元から同じ学校に行く友人がいたため、初めの頃は彼女に助けられながら登校していました。

 

入学から半年ほど経過すると、だんだん満員電車にも慣れ、途中下車することがぐっと減りました。家から最寄駅までが徒歩20分かかるため、毎日往復40分のウォーキングをしていたことも体力アップにつながったのかもしれません。

 

喘息の発作は高1の夏に花火をした時だけ。毎日それなりの距離を歩くことはやはり体に良いのだと実感しました。

 

ただし代謝が良くないのは相変わらず。部活でも汗をかくことはなく、制服は通年長袖を着用。受験期だった高3以外は毎年2回インフルエンザにかかっていました。

大学生になる

受験でエネルギーを使い果たし、一時かなり体重が減ってしまいましたが、お気楽で楽しい大学生活が始まります。

相変わらず横浜から東京へ通学する毎日でしたが、豚混みの電車に屈することはなくなり、ふらふらになって途中下車をするのは半年に1度ほどに減りました。

 

しかし、塾講師のバイトを初めたため、帰宅が遅くなり、家で夕食が食べられない日が急増。講義の合間に豆乳を飲み、それを夕飯代わりにするような典型的なダメな若者でした。

転機2 バイトを変える

自身がノリで問題を解くタイプだったため、人に教えることがとても難しく、塾講師は1年で辞めました。(上智大在学中なのに中学校の英文法さえまともに教えられず)

 

そして、まかないが出るバイトをしてみたい。。。と言う下心のみの理由で、定食屋で働き始めます。おかわり無料の体育会向け定食屋だったこともあり、メニューはどれもボリューム満点。

通常、賄いはバイト終了後に食べるイメージですが、とても家庭的なお店だったので、17時頃出勤し、17時30分頃賄いを食べさせてもらえるという恵まれた環境でした。

 

賄いを残すわけにはいかないので、

「小食なんです」

と先に言っておいたのですが、どでかい揚げ物をばんばん出してくる気前の良さ。慣れるまでは、正直かなり無理をして食べていました。(気分はラグビー部の食いトレ)

 

しかし、人間なんでも慣れるもので、わたしの胃袋はどんどん広がり、普通のお店の一人前なら残さず食べられるように。

バイト先よ、ありがとう。

(それまでは一人前を食べきることに自信がありませんでした)

 

そして、この頃から平熱が夢の36度台に!!!

暑い時には汗までかけるようになり、倒れるほどの貧血や低体温を経験することがなくなりました。

転機3 夫と筋トレを始める

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中学生の頃から筋トレが趣味の夫に触発され、わたしもウェイトトレーニングを始めました。

見た目が引き締まったことはもちろん、抵抗力がぐっと高まったのを実感しています。筋トレを初めて1年ちょっと経ちますが、風邪らしい風邪をひいていません。

 

また、食べる量が格段に増えました。

 

夫からも「ちゃーすけ、よく食べるようになった」

 とお褒めの言葉をいただきました。

(もっとも、夫と出会った頃には既に一人前食べられるようになっていたのですが)

先日、大戸屋で縞ほっけの定食を食べたのですが、一人前完食しても全然満足できず。

沢山食べて、沢山消費する代謝の良い身体になったことをしみじみと感じました。

虚弱克服につながったもの、関係なかったもの

これらを振り返り、ポイントをまとめると

  • 毎日のウォーキング
  • 多少無理しても沢山食べること
  • 筋トレ

この3つが私の身体を強くしたように思います。

逆に、効果が見えにくかったものは

  • スイミング
  • バランスの良い食事
  • プロポリス

これらは、母がわたしにしてくれたこと。

もちろんとても感謝していますし、栄養士である母の料理を食べて育ったことで、食材を選ぶ目や献立の作り方は鍛えられました。

しかし、無理やりでも量を食べることの方が頑丈な身体づくりには効果があったように思います。

おわりに

わたしの経験はほんの一例ですが、体が弱いことがコンプレックスの方や、お子さんの喘息に悩んでいる方の救いになれば良いな、と思います。

それではまた!