「第一志望に合格した」
玄関先でナガセが告げると、コマツは
満面の笑みで「おめでとう」と言った。
指定校推薦で地元の大学に決まっているコマツとは中学校で出会い、高校に入ってから恋人になった。ナガセが地元を出ることで、4月から離れた場所で暮らすことになる。
「地元が一緒だし、お盆とお正月は帰ってくるよね。あとはバイトしてお互いの誕生日とクリスマスに会えればけっこう会えるじゃん」
そういうコマツの声は心なしか揺れていて、目のふちはじんわりと赤かった。
『夜11時、中学校の裏門のところ』
帰宅後に携帯を見ると、コマツからのメールが入っていた。
高1の夏、お祭りのあとに初めて忍び込んでから、大切な話をするときは、いつもここで待ち合わせをする。
二人が出会い巣立った場所は、昼間の騒々しさからは想像がつかないほどしんと静まり、見えないベールに包まれるような心地よさがある。
いつもナガセが自宅の缶チューハイを一本だけくすねてきて、柑橘の香りがする声で話し込んだ。
「東京に行きたいと思ってるんだ」
ナガセが初めて決意と自分の夢を口にした声も
「応援するよ」
と力強くうなずいてくれたコマツの声もやっぱり柑橘の香りだった。
けれどその後すぐに
「四年間なんてあっという間だよ」とグレープフルーツサワーをぐいぐいと飲み、微笑んだコマツに、ナガセは「そうだね」と目を伏せることしか出来なかった。
学校までの道のり、いつものように缶チューハイを一本持った右手がかじかみ、手袋をしてこなかったことを後悔する。
コマツがくれた手袋。ただ毎日が楽しくて、明日も会いたくて、そんな日々を積み重ねてくれたコマツ。
コマツの「応援するよ」と「四年間なんてあっという間だよ」の声が交互に頭に浮かぶ。
優しいコマツはきっと約束を守る。約束を守るための努力をする。
でも努力をして守るその約束は、お互いを縛るルールと何が違うのだろう。
四年間待っててくれるコマツに、ナガセには何があげられるのだろう。
大学に行くためだけに東京に行くわけじゃないのに、何を約束できるのだろう。
頬に冷たさを感じて立ち止まると、はらはらと雪が降ってきた。
濃紺に突き抜ける冬の空に満天の星。自分が育った大好きな町。
7分間の道のり。徒歩10分圏内の世界。
「応援するよ」「四年間なんてあっという間だよ」
ふたつの声を反芻し、ナガセは学校に背を向けた。
きっとこの日を悔やむ日は幾度も訪れる。それでも自分の将来から目を背けたくない。後戻りはしない。
コマツの「応援するよ」を大切に心にしまい、コマツの笑顔を強く祈った。
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